もし、あなたが今、この長い長い文章を読もうとしてくれているのなら。きっとあなたは、出口の見えないトンネルの中で、もがき苦しんでいるのかもしれません。あるいは、トンネルを抜けたばかりで、あまりに眩しい光に目がくらみ、立ち尽くしているのかもしれませんね。
私が護符の力を借りて、地獄のような日々から抜け出すまでのリアルな体験談は、こちらの記事で詳しくお話ししていますが、今回はその後の物語。私が苦しめ抜かれた職場のディレクターとの悪縁が、ついに断ち切られた、その後の結末についてです。
彼女が会社を去った日。
あの日を境に、私の世界から「恐怖」という名の重力は消え去りました。ずっと願い、焦がれていた「あの人がいない世界」。

あなたも、もし今、同じような苦しみの中にいるのなら、きっと想像しますよね。「あの人さえいなければ、どんなに幸せだろう」と。毎朝、希望と共に目が覚めて、仕事は楽しくてやりがいに満ちて、世界がキラキラと輝き出す……そんな、バラ色の人生が待っている、と。
ええ、もちろん、その通りでした。でも、もしあなたが「100%、手放しでハッピーだった?」と私の目を見て尋ねるなら、私は少しだけ、困ったように微笑んで、こう答えるしかありません。
「ううん、少しだけ、違ったんだ」と。
私が最初に感じたのは、歓喜や解放感よりも、もっと静かで、もっと複雑で、そしてもっと根深い……ある意外な感情でした。多くの人が語らない、でも、悪縁を断ち切った人が、きっと心のどこかで感じたことがあるはずの、あの感覚。
縁切りは、ゴールではありませんでした。
それは、爆撃でめちゃくちゃにされた自分の心という土地から、ようやく不発弾を取り除き、瓦礫を片付け、更地に戻すことができた……ただ、それだけの状態だったのです。そこにどんな家を建て、どんな色の花を植え、どんな人を招き入れるのか。その全ては、これからの自分次第。あまりにも広くて、自由で、途方に暮れてしまうほどの、まっさらな土地を前に、私はただ一人、立ち尽くしていました。
この記事では、憎い相手が去った後に訪れる、本当の「縁切り 後 効果」について、私の身に起きた全てを、何一つ隠さずにお話ししたいと思います。
嵐の後に訪れた、予想外の「静寂」。心にぽっかりと空いた巨大な穴の正体。その穴を、どうやって温かいもので満たしていったのか。そして、二度と誰にも心を支配されない「私」という名の城を、どうやって築き始めたのか。
これは、単なる体験談ではありません。
あなたという、かつての私によく似た、大切な親友に宛てた、長い長い手紙です。
再生の物語の、第二章の始まりを、どうか、最後まで見届けてください。
第一章:嵐の後の静寂と、心に空いた穴の正体
ディレクターが最終出社日を終え、彼女のデスクが綺麗に片付けられた、翌日の月曜日。会社の空気は、嘘のように、信じられないほど軽やかでした。
窓から差し込む光が、昨日までとは違う色に見える。同僚たちのカップから立ち上るコーヒーの湯気が、やけに優しく見える。誰もが、どこかホッとした顔で、潜めていた声をようやく取り戻したかのように、穏やかに談笑している。私も、もう彼女の足音に怯え、息を殺す必要はないんだと、心の底から安堵しました。ああ、自由だ、と。
でも、不思議なことに、私の心は「やったー!」というような、晴れやかな高揚感に満たされる、というわけではなかったのです。スキップして帰りたくなるような、衝動的な喜びは、どこにもありませんでした。
むしろ、そこにあったのは、まるで深い海の底にいるような、戸惑いに近い「静寂」でした。それも、ただ静かなのではありません。昨日まで絶え間なく鳴り響いていた不快な騒音が、突然止んだ後の、耳がツンとするような、不自然な静けさでした。
考えてみれば、それはあまりにも当然のことでした。この1年、いや、もっと長い間、私の思考と感情のほとんどは、たった一つのことに支配されていました。
「彼女にいかにして攻撃されないか」
「彼女の理不尽な要求に、どう対応すれば怒りを買わずに済むか」
「今日の彼女の機嫌はどうか。声のトーンは?メールの文面は?」
私の日常は、彼女という「絶対的な敵」を中心に、歪に、しかし確かに、構築されていたのです。彼女の存在は、私にとって猛毒であると同時に、私の毎日を定義する「座標」そのものでした。心理学で言うところの、一種の「トラウマ・ボンディング」に近かったのかもしれません。苦しみの原因である相手に、皮肉にも精神的に依存してしまう状態。その相手がいなければ、自分がどうしていいか分からなくなってしまうのです。
その「座標」が、ある日突然、跡形もなく消え去ってしまった。
心の中に、ぽっかりと巨大なクレーターができたような感覚。まるで、何十年も着続けていた鉛の鎧を、ある日突然、誰かに剥ぎ取られたような心許なさ。戦う相手を失った兵士が、戦場でただ一人、呆然と立ち尽くすように、私は何をすれば良いのか、全く分からなくなってしまったのです。
最初の週のある朝、私はいつものように、心臓がドキドキする感覚で目を覚ましました。「また会社に行かなければならない」という、あの鉛を飲み込んだような感覚。でも、次の瞬間、気づくのです。「あ、もう彼女はいないんだ」と。すると、緊張でこわばっていた体が、急に弛緩して、ベッドから起き上がる気力すら湧いてこない。アドレナリンが常に出ていた体は、急に燃料を失ったエンジンのように、ただただ気だるくて重いのです。
常に「敵」を探していた意識は、行き場を失って宙を彷徨い、同僚の些細な言動に「まさか、この人も?」と、ありもしない脅威の影を探してしまう。誰かが親切にしてくれても、素直に受け取れず、「何か裏があるんじゃないか」と勘繰ってしまう。長年の猜疑心は、そう簡単には消えてくれませんでした。
喜びよりも先に、戸惑いが来た。
手放しの幸福感よりも先に、目的を失った喪失感が来た。
これが、綺麗事ではない、私の正直なリアルでした。多くの人が期待する「縁切り 後 効果」とは、少し違うかもしれません。でも、もしあなたが同じように感じているのなら、それは決してあなたがおかしいからではない。それだけ、あなたの心が、過酷な戦場を生き抜いてきた、勇敢な証なのです。
▼縁切り後に訪れる「心の穴」の正体
- 長年のストレスに適応していた心と体が、急な平穏に戸惑う「燃え尽き」に似た状態です。
- 人生の「座標」だった敵を失い、目的を見失ったかのような喪失感を感じるのは、自然な反応です。
- 喜びよりも先に戸惑いが来ても、自分を責めないで。それはあなたが戦い抜いた証です。
第二章:失われた感覚を取り戻す、小さな「心の回復トレーニング」
このままではいけない。
せっかく手に入れた、誰にも脅かされることのない平和な時間なのに。過去の戦闘記録ばかりを再生して、呪縛に囚われたままでは、身を挺して私を守ってくれた護符に、そして、未来の自分に、顔向けができない。
そう思った私は、意識的に、自分のための「心の回復トレーニング」を始めることにしました。
それは、何か特別なセミナーに通ったり、高額なカウンセリングを受けたり、というような大げさなことではありません。ただ、あのディレクターがいた頃には、感じることさえ自分に禁じていた、日常の中の「小さな好き」や「心地よさ」を、まるで生まれたての赤ちゃんが世界を確かめるように、一つひとつ、丁寧に、自分の心に取り戻していく作業でした。
それは、いわば「感覚のリハビリ」です。長い間、ギュッと固く閉じていた心の蓋を、少しずつ、少しずつ、開けていくような、地道なプロセスでした。
具体的に、私が何をしたのか。少し、詳しくお話しさせてくださいね。
① ランチを、ちゃんと「五感」で味わうという奇跡
ディレクターがいた頃の私の昼食は、「食事」ではありませんでした。それは「燃料補給」という名の、ただの作業でした。
いつ「友梨さん!」と、あの甲高い声で呼び出されるか分からない恐怖。デスクから離れることへの罪悪感。そんなものに苛まれていた私は、コンビニで買ってきたお弁当を、自分のデスクで、パソコンの画面を見ながら、わずか5分で胃にかきこむのが日常でした。味がしない。美味しいとか、まずいとか、そんなことを感じる余裕すらなかったのです。
ディレクターがいなくなって、最初に私に訪れた自由。それは「1時間の昼休みを、誰にも邪魔されずに過ごせる」という、ささやかな、しかし、当時の私にとっては奇跡のような権利でした。
最初の数日は、まだ怖くて、会社の外に出ることすらできませんでした。でも、ある晴れた日、私は勇気を出して、会社の近くにある、小さなカフェのドアを開けました。そのカフェは、ずっと前から気になっていたけれど、「あんなオシャレな店、私なんかが入ったら笑われる」と思い込んで、一度も入ったことがなかった場所でした。
カラン、というドアベルの音。香ばしいコーヒーと、焼きたてのパンの匂い。優しい笑顔の店員さんに「お好きな席へどうぞ」と案内され、窓際の席に座ると、初夏の柔らかい太陽の光が、テーブルの上にキラキラと光の模様を描いていました。
私は、メニューの一番上にあった、トマトソースのパスタを注文しました。
運ばれてきたお皿は温かく、湯気と共に、ニンニクとバジルの良い香りが立ち上ります。フォークでパスタを巻き、ゆっくりと口に運ぶ。
その瞬間、私の口の中に、トマトの酸味と甘み、チーズのコク、バジルの爽やかな香りが、じゅわっ、と広がりました。
「……おいしい」
思わず、そう呟いていました。
涙が、ポロポロと、パスタの上に落ちました。慌てて拭ったけれど、次から次へと溢れてくる。周りのお客さんが、不審に思ったかもしれません。でも、止められませんでした。
美味しいものを、美味しいと感じられる。
温かいものを、温かいと感じられる。
当たり前のことですよね。でも、極度のストレスは、人間からそんな当たり前の感覚さえ奪ってしまうのです。その日、私は、ただパスタを味わうという行為を通して、自分が「生きている」という、根本的な感覚を、ようやく取り戻すことができた気がします。それは、本当に、奇跡のような体験でした。
② 好きな音楽で「自分の世界」という結界を張る
仕事中、私はいつも耳を澄ませていました。
ディレクターのデスクの方から聞こえる、カツ、カツ、というヒールの足音。わざとらしく、大きく響くため息。誰かを叱責する、ヒステリックな声。私の周りの空気は、常に彼女が発する「音」に支配されていました。
だから、音楽を聴くなんて、とんでもないことでした。それは、敵の接近に気づけなくなる、自殺行為に等しかったのです。
彼女がいなくなって、オフィスには、穏やかなタイピングの音と、時折交わされる低いトーンの業務連絡だけが響くようになりました。その平和に少し慣れてきた頃、私は引き出しの奥にしまい込んでいた、お気に入りのイヤホンを取り出しました。
そして、おそるおそる、昔大好きだった、少し懐かしいアーティストの曲を再生しました。優しいピアノのイントロが流れ出した瞬間、私の周りに、ふわりと、透明な膜が張られたような感覚がしました。
それは、「私の世界」という名前の、誰にも侵入を許さない、優しい結界でした。
音楽は、殺風景で、灰色だった私の心に、少しずつ、少しずつ、色彩を取り戻してくれました。悲しい失恋ソングを聴けば、ディレクターとの関係で溜め込んでいた、悲しみとも怒りともつかない感情が浄化されていくようで、静かに涙が流せました。疾走感のあるロックを聴けば、ほんの少しだけ、心が軽くなり、キーボードを叩く指に力が戻ってくるようでした。
何より、自分の「好き」を、自分の世界の中に、自分の意思で招き入れることができる。その感覚が、他人に支配され続けてきた私の心を、少しずつ癒してくれたのです。それは、自分の心の主導権を、自分に取り戻すための、大切な儀式でした。
③ 「意味のない時間」を、自分に許可するという贅沢
以前の私は、強迫観念の塊でした。
「ディレクターに認められなければ」
「もっとスキルアップして、文句を言われないようにならなければ」
その一心で、休日も、平日の夜も、デザインの勉強や、ビジネス書の読書に時間を費やしていました。休むことは、サボること。立ち止まることは、置いていかれること。そう、本気で信じ込んでいたのです。
でも、戦う相手がいなくなった今、その強迫観念は、行き場を失いました。
最初のうちは、何もしないでいると、ひどい罪悪感に襲われました。「こんなことをしていていいんだろうか」と、胸がザワザワするのです。ベッドに横になっていても、頭の中では「やるべきことリスト」がぐるぐると回り続け、全く休まりませんでした。
でも、ある日曜日の午後。私は、意を決して、全ての「やるべきこと」を放棄してみました。
ただ、ソファで、猫と一緒にゴロゴロする。
目的もなく、近所を散歩してみる。途中で見つけた公園のベンチに座り、ただ子供たちが遊んでいるのを眺める。
意味もなく、カフェで窓の外を眺めながら、ぼーっとする。紅茶が冷めてしまうのも気にせずに。
それは、「生産性」という物差しで測れば、完全にゼロ、いや、マイナスの時間でした。でも、その「何もしない贅沢」を自分に許可した時、私の心は、深く、深く、呼吸をすることができたのです。ずっと張り詰めていた交感神経が、ようやく副交感神経にバトンタッチできたような、そんな感覚でした。
心が本当に回復するためには、そういう「余白」の時間こそが必要だったのだと、私はその時、ようやく気づきました。スキルアップよりも、自己啓発よりも、ただ、自分を甘やかして、休ませてあげること。それが、最高のセルフケアだったのです。
④ デザインそのものを、もう一度「楽しむ」という原点回帰
そして、一番大きかったのは、これです。
私が、この会社で、苦しんでまで働き続けていた理由。それは、デザインという仕事が、本来は「好き」だったからです。
でも、いつからか、デザインは「ディレクターのOKをもらうための作業」に成り下がっていました。自分のクリエイティビティを発揮することは、否定されるリスクを伴う、危険な行為でした。だから、いつも無難で、面白みのない、でも誰からも文句は言われないであろうデザインばかりを作るようになっていました。
誰にも否定されない環境で、私はもう一度、純粋にデザインと向き合ってみることにしました。
ある日、小さなクリニックのウェブサイトリニューアルの案件が舞い込んできました。クライアントの要望は、「清潔感があって、安心できる感じ」。以前の私なら、白と薄いブルーを基調にした、ありきたりなデザインを作っていたでしょう。
でも、その時の私は、少しだけ挑戦してみようと思いました。院長先生の「患者さんの心を、少しでも温かくしたいんです」という言葉を思い出し、白を基調としつつも、アクセントに、温かみのある木目調のデザインや、優しく落ち着いたオレンジ色を、ほんの少しだけ加えてみたのです。
そのデザイン案を提出した時、クライアントから、すぐに電話がかかってきました。「友梨さん、今回のデザイン、最高です!まさに、私たちが伝えたかった『安心感』と『温かみ』が、これ以上ないくらい表現されています」。その弾んだ声を聞いた時、私は、失っていたプロとしての自信と、この仕事を選んだ頃の初期衝動を、少しずつ、少しずつ、取り戻すことができました。
誰かの評価のためではなく、自分の「好き」と「得意」で、誰かを喜ばせることができる。そのシンプルな事実が、空っぽだった私の心を、温かい充実感で満たしてくれたのです。
▼心の回復期に、親友のあなたに伝えたいこと
- 焦らないで。劇的な変化なんて、なくていい。あなたの心は、あなたが思っている以上に、深く傷ついているのだから。傷が癒えるには、時間がかかるのは当然だよ。
- 失っていた「五感」の喜びを、一つひとつ、丁寧に思い出してみて。「美味しい」「いい匂い」「心地よい」「綺麗」。その小さな感動の積み重ねが、あなたをあなた自身に取り戻してくれるから。
- 「何もしない」という、積極的な休息を、自分にプレゼントしてあげて。何もしないことは、逃げじゃない。次の一歩を踏み出すための、大切な準備運動なんだよ。
第三章:二度と地獄に戻らないために。私が築き始めた「心の防波堤」
心が少しずつ回復し、日常にささやかな彩りが戻ってくると、次に私の心の中に、静かに、しかし、力強く生まれてきた感情がありました。
それは、「もう二度と、あんな思いはしたくない」という、強い決意でした。
今回の問題は、ディレクターが去ったことで、結果的に解決しました。でも、会社という組織にいる以上、またいつ、どこで、同じような人物に遭遇しないとも限りません。世の中には、残念ながら、他人を支配し、搾取することでしか、自分の価値を見出せない人もいるのです。
護符が、私を一度は救ってくれた。でも、それに甘えて、私自身が何も変わらなければ、また同じことの繰り返しになってしまうかもしれない。

他人の言動一つで、自分の価値が根底から揺らいでしまうような、脆い心のままではいけない。理不尽な攻撃を受けた時に、ただ耐え忍び、心を殺すのではなく、自分自身で自分を守る術を身につけなければならない。
そう、今こそ、私自身の心の中に、しなやかで、決して壊れない「防波堤」を築くべき時なのだ、と。
誤解しないでほしいのですが、それは、相手を憎み、攻撃し返すための、トゲトゲした「壁」ではありません。それは、理不尽という名の汚れた波が、どれだけ押し寄せてきても、私の心という大切な領域の内側を、清らかで、平穏なままに保つための、柔軟で、賢い「防波堤」です。
その防波堤作りは、具体的な行動の積み重ねでした。私が何を始め、そして、何をきっぱりとやめたのか。あなたにも、共有させてください。
🙆♀️ 私が意識的に始めた「心の防波堤」作りの具体例
- ① 事実と感情を切り分ける訓練:「あなたのデザインはセンスがない(感情)」と言われても、「では具体的にどの部分を、どう修正すればご期待に沿えますか?(事実)」と切り返す訓練。相手の感情に飲み込まれない。
- ② 全ての指示を記録に残す習慣:理不尽な要求は、口頭ではなく必ずメールやチャットで残してもらうよう徹底。「言った・言わない」の水掛け論を防ぎ、自分を守るための証拠を残す。
- ③ 「できません」と、冷静に言う練習:無茶な納期や仕事を振られた時、「できません。なぜなら~」と、感情的にならずに理由を添えて断る練習。断ることは、わがままではなく、自分の仕事の質を守るための責任。
- ④ 評価の軸を、自分の中に取り戻す努力:他人の評価ではなく、「自分はクライアントのためにベストを尽くせたか?」を基準に考える。自分の価値は、自分で決める。
🙅♀️ もう二度としない、と心に誓ったこと
- ① 相手の機嫌を、自分の責任だと思うこと:相手が不機嫌なのは、相手の問題。私の責任ではない、と割り切る。
- ② 何でもかんでも「私が我慢すれば…」と抱え込むこと:我慢は美徳ではない。問題を先送りにしているだけだと気づく。
- ③ 一人で悩むこと:信頼できる同僚や友人に、感情的にならずに「事実」を相談する。客観的な意見が、自分を冷静にしてくれる。
- ④ 自分を責めること:理不尽な状況は、私のせいではない。自分を責めるエネルギーは、自分を大切にするために使う。
この「心の防波堤」作りは、一生をかけたプロジェクトだと思っています。今も、毎日が練習です。でも、これを意識するだけで、仕事上の人間関係が、驚くほど、本当に驚くほど、楽になりました。
自分の中に、自分を守るための「方法」がある。その自信が、私を強くしてくれています。これこそが、本当の意味で持続可能な「縁切り 後 効果」なのだと、今の私は確信しています。
▼自分を守る「心の防波堤」を築くために
- 自分を守ることは、相手を攻撃することではありません。自分の心の平穏を保つための、賢い技術です。
- 「断る」「記録する」「相談する」という具体的な行動が、あなたを理不尽な攻撃から守ってくれます。
- 他人の評価ではなく、自分の価値基準を持つこと。それが、揺るがない自信の源泉になります。
最終章:マイナスからゼロへ。そして「プラスの未来」を描くための、次の一手
さて、ここまでが、私が悪縁を断ち切った後に、自分の心を取り戻し、そして守る術を身につけるまでの、長い長い物語です。
「縁切り護符」は、間違いなく、私を地獄から救い出してくれました。私を苦しめていたディレクターとの悪縁を断ち切り、借金まみれでボロボロだった私の人生を、「マイナス」の状態から、ようやく「ゼロ」の地点まで引き上げてくれました。
それは、奇跡であり、紛れもない事実です。
この更地に戻れただけでも、感謝しかありません。
でも、人間とは、本当に欲深い生き物なのですね。
あれだけ願っていた「平穏」というゼロの地点に、ようやく立つことができたというのに。心が健康になり、未来に目を向ける余裕が生まれると、今度は、その更地に、新しい家を建て、庭を作りたくてたまらなくなってきたのです。
「ただ平穏なだけじゃ、物足りない。もっと、仕事で成功したい」
「経済的な不安から完全に解放されて、心から豊かになりたい」
「仕事だけじゃなく、心から信頼し合える、素敵なパートナーも見つけたい」
そんな、キラキラとした、新しい「欲」が、次から次へと、泉のように湧き出てくるのです。
これは、私の心が、ようやく過去の呪縛から解放され、未来を向いて歩き始めた、何よりの証拠なのだと感じています。
そして、私はこう思いました。
縁切り護符が、私の人生における「破壊と浄化」の、力強い相棒だったとしたら。
今度は、「創造と構築」のための、新しい相棒が必要なのではないか、と。
縁切り護符が、癌を摘出してくれる凄腕の「外科医」だったとしたら、これからは、心と体を強くし、再発を防ぐための、最高の「栄養士」や「パーソナルトレーナー」が必要なように。
マイナスからゼロにしてくれた力があるのなら、ゼロからプラスへと押し上げてくれる力も、きっとあるはずだ、と。
そう思って、久しぶりに、かなえやの公式サイトを訪れてみました。そこには、私が以前お願いした縁切り護符だけでなく、「開運護符」や「金運上昇護符」「恋愛成就護符」など、未来を積極的に創造していくための護符が、たくさんありました。
縁切りという、人生で最も困難だと思われた願いを、確かに叶えてくれた、あの実績。
今の、未来に向かって歩き始めた私の、新しい願い。
これを繋ぎ合わせ、次のステップとして、新しい護符に、私の「プラスの未来」を託してみるのも、良いかもしれない。
私は今、そんな、新しいステージの、希望に満ちた入り口に立っています。
▼あなたの新しい人生のスタートライン
- 縁切りはゴールではなく、新しい人生の始まりです。マイナスからゼロ地点に立った自分を、まずは思い切り褒めてあげましょう。
- 心が健康になると、新しい欲が生まれるのは自然なこと。それは、未来へ進むエネルギーの証です。
- 「破壊と浄化」の次は「創造と構築」のステージ。新しい目標に向かって、次の一歩を踏み出してみませんか?
この長い手紙を、最後まで読んでくれた、あなたへ。
もしあなたが、無事に悪縁を断ち切ることができたのなら、どうか、そこで立ち止まらないでください。そこは、ゴールではありません。そこは、あなたの新しい人生の、スタートラインです。
ぜひ、私と一緒に、その先の「プラスの未来」を、自分の手で、積極的に創りに行きませんか?
あなたの人生の第二章が、光と喜びに満ちた、素晴らしいものになることを、心から、本当に心から、願っています。
私を救ってくれた護符へ感謝を込めてお別れする、具体的な返納・処分方法については、こちらの記事で丁寧に解説していますので、ぜひ参考にしてくださいね。


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